これからがこれまでを決めてゆく

神幸祭~夜空に舞う火の鳥に出会う~

 

今年もあと僅か。
12月に入り一段と空気の冷たさを実感しています。

 

先月になりましたが
寳徳山稲荷大社で行われた神幸祭に参加しました。

 

新潟で有名な神社と言えば
弥彦神社や白山神社が人気でしょうか。
ネット上でも寳徳山稲荷大社に関しては地元でも知る人ぞ知る、
と言った感じで書かれています。

 

わたしが神幸祭に辿り着いたのは
カバラや生命の樹に興味を持ち調べていくと
縄文やシュメールといった文化に行き当たります。

また日本各地で行われた地球暦のワークショップに参加しましたが
そののフライヤーでは新潟のアイコンとして
縄文の火焔型土器が載っていてびっくり!!!
(以外にも全国を巡回して展示していたりする。)

 

 

私自身が地元への関心が薄いこともあり
新潟=縄文=土器 とはまったく結びつかず。><
驚きや発見と共に地元に対して
改めて関心が芽生えたきっかけでもありました。

 

 

宝徳山稲荷大社とは

古記録によると、殷帝大王(いててのひみこ)の命により、物部美万玉女命(もののべのみのわひめのみこと)が
瓊名(ぬな)の里に日の宮のみやしろ(現奥の宮)を建立した時より、連綿として今に至ると言われております。
瓊名の里はその後、朝日長者ヶ原、太田乃庄と呼び名が変わり、現在は越路原となっております。

持統天皇の御代、久辰稲輿玉女命(くしいなごしひめのみこと)は、奉幣使が来越した折りに、
日の宮の改築を請願し、勅許を得て社殿を造営しました。

これにより越国五十六座の第一等社として、「越国総鎮守一ノ宮」の格式を賜りました。
後白河天皇の御代、大地動があり、世相が騒然となったことから、神座の安泰を祈念せよとのご神託を受け、
日の宮を中之岳へ遷宮、文政年間、再び神勅を仰ぎ現奥宮に遷座致しました。

 

御祭神

天照白菊宝徳稲荷大神あまてらすしらぎくほうとくいなりのおおかみ 
 ・・・ 人間のしあわせを司る神

日本古峰大神やまとふるみねのおおかみ ・・・ 厄除・病気平ゆ等、祓いの神

((八意兼大神やこころおもいかねのおおかみ ・・・ 文化を守る神・学問の神

(寳徳山稲荷大社HPより)

 

 

 

年1回行われる神幸祭では
日本中の神々がこの地にお集まりになり
国の隆昌、人民の安全、諸産業発展の祈念祭を行われる日なのです。

 

これまで長らく住んでいながら日本中の神々がお集まりになる日があるとは
まったく知らずに過ごしていました。
さらにその日見られる火の鳥にも関心が高まりました。

 

 

 

 

寳徳山稲荷大社 神幸祭の由来

神の世も人の世と変わる事なく、私達の生活と共になされていることは申す迄もありません。

瓊名乃里ぬなのさと長者ヶ原ちょうじゃがはら天の岩戸あまのいわとを開かれ、幽世かくりよの神々の岩磐いわくら常立とこたちの神々の岩磐いわくら
神遊び、御息所みやすところとして八百万やおよろず(千五百万)の神々が御降臨され、
年一回11月2日夜12時を機して奥之宮に集い、国の隆昌、人民の安全、
諸産業発展の祈念祭をいづしく執り行われる日であります。

この良き日、人の道をつくして神々に御願いをする年一回の絶好の機会であります。

古くから、紅ローソク1対に願いを書き記し、誠心まことのこころみてくら御供物おくもつを捧げ、
一筋に願事をすれば必ず一つは叶えられると伝承されております。

(寳徳山稲荷大社HPより)

 

 

 

神幸祭当日SNSにはダブルレインポーが見られたとアップされていたのを目にしましたが
私は前日にも大きくてくっきりしたダブルレインボーを目の当たりにしています。

 

 

神幸祭の宵祭大祭神事は夜の10時開始。
明るいうちに到着したかったのですが都合がつかず
(社務所の方にも念を押されたのに~汗)
日が暮れ真っ暗になっての到着。
そのため本宮の駐車場はいっぱいで、人気の無い山道をひたすら走り、
遠回りして奥社近くの駐車場へやっと車を止める事ができました。

 

驚いたのは県外ナンバーの多いこと!
平日の駐車場でも県外ナンバーを見かけるので、信仰の深さを感じていますが
さすがの宮崎ナンバーには一瞬目を疑いました。

 

 

 

 

目の前に聳え立つ奥之宮。
人の大きさと比較するとその大きさがわかると思います。

 

 

 

 

本宮での宵祭大祭神事の前に紅ろうそくを買い
願いごとを書きました。

 

 

 

物凄い数の紅ろうそくが並び、見ているだけで圧倒されます。
点火時間になると次々とろうそくに火がともります。

 

 

 

 

 

 

奥之宮、本宮とも内観は撮影禁止。
神事も勿論一切外にはでませんが、圧巻です。

 

宵祭大祭神事に参加するため本宮へ移動。
開始時間を待つ間、お隣の方とおしゃべり。
初参加の私はこの神事がいかなるものなのかを色々と教えていただきました。
とても親切な方で、待ち時間もあっという間でした。
新潟市内からもう20年以上もかかさず神幸祭に参加されているとの事。
ご商売をされている方々の信仰が厚く、芸能に携わる方々のお名前も見受けられました。

 

とにかくこちらの神様は他とは違う!のだそうです。

 

 

 

宵祭大祭神事が終わり、深夜から行われる暁之儀大祭神事のため
今度は奥之宮へ。

そこで火の鳥を見ました。

 

 

 

「火の鳥」というと誰しも手塚治虫氏の火の鳥が頭に浮かぶと思います。
大きな羽を広げ空に羽ばたく鳳凰といったイメージですが
それとは違いますね~

 

けれど羽を広げた赤い玉のようにも見える鳥が夜空に舞っている。
数羽が頭の上を旋回し、羽ばたいていく様子を何度も目撃!

 

火の鳥が羽ばたくたび、あちこちから大きな歓声が沸きます。
一番凄いのは神事の間だとか・・・

本宮の時にはわかりませんでしたが、
奥之宮での暁之儀大祭神事が行われている間、外から大きな歓声が何度も聞こえてきました。

 

 

 

 

寳徳山稲荷大社は建物もさることながら神事のスケールも大きい。
スタジアムの客席のようにずらりと並ぶ供物。
果物は本の一部でお神酒や新米その他諸々物凄い規模です。

 

 

 

 

そして帰りにこんなサイズの御神酒をいただくとは思いませんでした。

 

 

 

 

夜が深まるほどにツーンとした冷たさが身体に沁みます。
2つの神事に参加しましたが、厳かに粛々と信仰され
この場にいられる事がただただありがたく
日本人としての”わたし”を感じる瞬間でもありました。

 

 

 

余談ですが…
神幸祭について書かれたある方のブログ内で、新潟は裏鬼門であると記載があり
益々氣になっています。

また大社内の送迎に利用されていた岩塚製菓のバスを見た瞬間、
そういえばここは「岩塚」なんだ、と地名にも何か感じるものがありました。

 

 

 

神幸祭をはじまりに新潟での縄文旅は続きます。

 

 

 

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